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麻布競馬場「独身の女王」 vol.3【web連載小説】

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CLASSY.

仕事も恋愛も人生の踊り場にいる30代。惑いの世代の揺れ動く心を旬の作家たちが描くアンソロジーを、CLASSY.ONLINE限定で毎週水曜に公開します。第二回は麻布競馬場さんの『独身の女王』

これまでのあらすじ

都内で働く独身の”私”は、一人暮らしの自分のためにベッドのマットレス購入を検討中、崇拝していたインフルエンサーの倉田真季(くらたまき)の結婚を知り愕然とする。彼女は「独身のカリスマ」として知られ、愛用するネックレス(通称「独身ネックレス」)が流行するなど、社会現象になる存在だった。翌週、大学時代の友人である祐子(ゆうこ)とランチをするが、話の流れでマッチングアプリに登録することになり…。

最初のうちはアプリを開くたびに小さな抵抗があったが、それもすぐになくなった。祐子が言うには、私が始めたアプリは「数あるアプリの中でもハイスぺ揃い」とのことで、スーパーの商品みたく表示されている男たちは、私よりも高い年収を堂々とプロフィールに記載していた。そんな男たちから毎日のように「いいね」が届くのだから、私は自分の女としての価値を確認できたような気分になって、どうしても高揚する気持ちを抑えられなかった。

しかし、いざ実際に誰かと会うとなると勇気が出ず、マッチはしても「飲みに行きましょう!」みたいな誘いを受けると、そこでメッセージのやり取りをやめてしまっていた。世間ではマッチングアプリを通じた交際や結婚が当たり前のものになりつつあることは理解していたが、やっぱり「出会い系」という印象が抜けなかったし、人材系という仕事柄、素晴らしいキャリアを持っているのに満足のいく転職先が見つからない人というのは、何か理由があるものだ。ハイスペックであればあるほど警戒心が増してしまい、「なんだか文章がモラハラっぽいな」とか勘繰ってしまったり、ネクタイのセンスや歯並びみたいな細かいところが気になってしまったりして、メッセージのやり取りをやめてしまうのだった。

会わなければ始まらないのは分かるが、会う勇気が出ない。誰か、安心して会えるような人とマッチしないものだろうか。たとえば、元からの知り合いとか。それだとマッチングアプリの意味がないだろう、と吹き出しそうになったとき、私の目はスマホの画面に表示された、ある男の顔に釘付けになった――松島だった。

 

「じゃあ、久々のサシ飲みに乾杯。まさか、あんなところで再会することになるとは思わなかったけど」

向かいに座ってほほ笑む松島の囁きに合わせて、カチリ、とガラスが触れ合う音がした。

その夜、松島が予約してくれたのは本人曰く「乃木坂と赤坂の間の中途半端なエリア」ということだったが、裏を返せば閑静で雰囲気のいい、つまりセンスのいいエリアにあるシチリア料理店だった。細い路地に面したファサードはガラス張りで、薄暗く落ち着いた雰囲気の店内には、白いクロスがきちんと敷かれた小ぶりなテーブルが適切な間隔で並んでいる。私たちはそれらのうち店内の一番奥、特に静かなテーブルに向き合って座っていた。

「じゃあ、前菜は盛り合わせで。可能であれば、ブッラータチーズのカプレーゼを入れてもらえると嬉しいです。彼女が気になるそうなので」

「ちょっと寒くない?ブランケット借りられるみたいだから、お願いする?」

「お水頼んでおこうか?氷はないほうがいい?」

そんな、私への完璧な気配りを流れるように履行する松島を見ていると、大学時代の彼との思い出が、そして当時の私が彼に向けていた憧れが蘇り始めていた。

 

松島は、私や祐子と同じゼミの同期だった。

先輩のツテと教授のお情けでどうにかゼミに忍び込んだ私や祐子とは違って、頭脳明晰でコミュ力満点、そのうえ当時流行り始めていた塩顔系のイケメンということで、満場一致でゼミ代表に選出された。就活でも「若手のうちから圧倒的な裁量を与えられて、圧倒的に成長できる」とか「あちこちのベンチャーから役員待遇で引く手あまただし、自分で起業して成功する人も多い」とかいう理由で当時の学生たちから相当な人気を集めていた渋谷のメガベンチャーの内定を取り、そのままそこに入社していた。つまり、当時の彼は誰から見ても「完璧」な人間だった。

そんな、まったく完璧な人生を進めていた松島は大学卒業後、とある不思議な行動をとっていた。あれだけ仲がよかったゼミの集まりに一切顔を出さなくなったのだ。定期的に開催される同窓会はもちろんのこと、ゼミ生の結婚式ですらも「最近ちょっと大きい案件任されてて、週末も休めなくてさ」とか、何かと理由を付けて欠席していた。かといって、「慶應卒!イケメン子会社社長」なんて触れ込みで腕を組んだ松島の写真がSNSなんかで流れてくることもなく、彼の近況の実態を知る人はいなかった。

その松島がなんと今日、久々に私の目の前に姿を現したのだ。きっかけは、例のマッチングアプリだった。

vol.4に続く

イラスト/日菜乃 編集/前田章子

麻布競馬場(あざぶけいばじょう)

1991年生まれ。会社員。覆面作家として投稿したX(旧Twitter)の小説が話題に。2022年9月に自らの投稿をまとめた短編集『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』で小説家デビュー。Amazonの文芸作品の売上ランキングで1位を取得する。2024年『令和元年の人生ゲーム』で第171回直木三十五賞候補に初ノミネート。


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