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【直木賞受賞】一穂ミチ「感情旅行」【CLASSY.限定連載】

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CLASSY.

仕事も恋愛も人生の踊り場にいる30代。惑いの世代の揺れ動く心を旬の作家たちが描くアンソロジーを、CLASSY.ONLINE限定で毎週水曜に公開します。第一回は第171回直木賞に輝いた一穂ミチさんによる、『感情旅行』

vol.1

蒔生(まきお)の訃報を知らされた時、まず思ったのは、夏用の喪服しか持っていない、ということだった。二十五歳の夏に父方の祖父母が相次いで亡くなり、慌ててイオンで買った。以来、冬用も揃えなきゃなあ、と思ってはいたのだけれど、バッグやら真珠やら一色揃えると結構な出費で、しかもお葬式は北海道で行われた。痛んだ懐が回復してから買おう、と決意して十年が経った今も、わたしの懐は寒々しい。なので、七分袖の薄手の喪服に冬物のコートを羽織って出かけた。「葬儀は極力シンプルに」というのが故人の希望だったらしく、通夜なし、告別式のみの「一日葬」というやつだった。

蒔生のおじさんとおばさんは、泣いてはいたが、号泣というほどではなく、しとしと降り続く雨のように緩急のない静かな涙だった。蒔生は何年も癌を患っていたから、じょじょに心の準備ができていたのかもしれないし、悲しみとは別のところで、息子が苦痛から解放されたことに安堵していたのかもしれない。突然の死と、じわじわ濃くなっていく死、親としてはどっちがつらいんだろう。わたしの顔を見た途端「華(はな)ちゃん、ありがとうね」とふたりの涙の筋がすこしだけ太くなった。

出棺まで見届け、両親と兄と一緒におじさんたちに挨拶して帰ろうとした時、千歳(ちとせ)が駐車場まで走ってきた。

「華」

わたしは家族に「ちょっと話してくる」と目配せで伝え、駐車場の隅に移動する。すぐに千歳がふくらはぎを軽く蹴ってきた。

「はなくそ、黙って帰んなよ」

千歳しか使わないあだ名で呼ばれ、懐かしさが込み上げたが、しんみりするのも悔しいと思い「はなくそって言うんじゃねーよ」と蹴り返した。

vol.1の続きはこちらから

一穂ミチ(いちほ・みち)

2007年『雪よ林檎の香のごとく』でデビュー。『イエスかノーか半分か』などの人気シリーズを手がける。2021年『スモールワールズ』が大きな話題となり、同作は吉川英治文学新人賞を受賞、本屋大賞第3位。『光のとこにいてね』が直木賞候補、本屋大賞第3位。今もっとも新刊が待たれる著者の一人。近著『ツミデミック』で第171回直木賞を受賞。

イラスト/日菜乃 再構成/CLASSY.編集部


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